あら、お久しぶりね

今週のお題「もしも100万円が手に入ったら」

超現実的に考えてみる。(無駄に大きい字)

 

10億円とかだったら一生働かなくていいのでメルヘンなこと言えるかもしれないけど、とりあえず真面目に考えてみましょうか。

 

とっておきの100万円を何に使うだろう。

 

 

 

①マンガラノベ少し真面目なのを合わせて今多分500冊はあるんじゃないかな。何年か前に数えたときは300冊だったので、そんなに増えてないと思うのですが。そしてまだまだ買うと思われます。電子書籍は目が痛いし、本を持ってるという喜びを感じる人間なので全て本で買うこととします。そのお金は稼ぎます。(いくらか算出できないもので笑)

ということで、まず本棚が欲しいです。でっかいの。1000冊入る本棚…あるかな?

 

あった。さすがはAmazon。 

お値段39,300円也。意外と安い…これをじゃあ二個買うとして大体8万円。残り92万円です。

 

②自動車運転免許

まだ持ってねーのかよって言うね。別段ほしくはないし何だったらあと20年後には自動運転車が走ってると睨んでるのでいらないと思うんですけどね。怖いじゃん車。でもまあ身分証明書としての側面もあるので一応。マイナンバーカードは果たして普及するのか。Windows10とどちらが早く浸透するでしょうかね。さすがに10ですかね。

んで車校が大体30万です。あと62万。

 

③京都に1か月住みたい

好きなんですよ京都。舞妓さんとお抹茶とほうじ茶アイスが好きです。京都駅なら迷わないで歩けますよ。ポルタは地図があれば…!

1か月なら、どうですかね。マンスリーマンションとどっかの宿。

 

・マンスリーマンション

グッドステイ京都烏丸御池駅前ロードサイドⅡ

 スーパーショート~1ヶ月未満ショート1ヶ月以上~3ヶ月未満ミドル3ヶ月以上~7ヶ月未満ロング7ヶ月以上~12ヶ月未満
賃料 4,700円/日 4,000円/日 120,000円/月 3,800円/日 114,000円/月 3,600円/日 108,000円/月
光熱費 800円/日 800円/日 24,000円/月 800円/日 24,000円/月 800円/日 24,000円/月
清掃費 9,500円/回(契約時) 15,000円/回(契約時) 26,000円/回(契約時) 42,000円/回(契約時)
契約
手数料
7,500円/回 8,500円/回 14,000円/回 18,000円/回
管理費 1,000円~/日

 

 

よく分からないのでサイトの一番上にあったマンションで考えてみます。これでいくと1か月(どうせ泊まるならをどりのシーズンがいいので4月で考えます)なので

12万+2万4千+1万5千+8千5百+1千×30=19万7千5百円也。

そうか…そうなるわいな…

・ホテル

大体1万として30万か…マンション借りた方が安いですね。意外や…

というわけで。残り42万くらい。交通費引いて38万くらい。をどりがお茶席付きで一日一回行くとして4千5百×30=13万3千5百円也。で、24万くらいで…十分楽しめそうだな…

 

 

そんなこんなで100万円使い切ってみました。考えてみると真っ先に本棚が浮かび、友達とどこかへ行くとか、服や靴といったものが一切出てこないあたり枯れていますね。

100万円なんて宝くじが当たりでもしない限りあぶく銭で手に入ることはないでしょうし、実際手に入ったら車校行って残りは貯金すると思うんですよね。将来不安だし。

 

経済を思い切り(脳内で)動かしてみました。動かすので100万円、当たらないかなあ…

 

 

気づかなかったけど

 

私、2年生の頃、ゼミの人たち嫌いだったんです。

もちろん全員じゃない。LINE使って授業をお茶会に変えるように仕向ける

人たち、本当に嫌だった。

 

一年経って、春休み課題出されたんです。ちゃんと出せよ~と言われて

は~いって解散したのが1月終わり。

 

期日はきちんと守ってたのですが、修正で再提出食らってたのを

期日一週間後にきづきました。

ゼミが始まる前が幸いしたのか、レポートは受け取ってもらえましたが

大分肝が冷えました。

提出して次の日。先生の授業が終わった後、すみませんでしたと

謝りに行きました。少し注意を受けた後、まだメールに気づかず

提出していない人がいることを聞かされました。

 

だからLINEで情報流したんです。メール確認してみてねって。

大して気に入ってないと思ってたゼミの人たちに。

 

その二人は気づいてちゃんとゼミが始まる前に送ったそうです。

 

でも、一人、誰にも何も言わずゼミが始まる直前に辞めてしまいました。

 

 

不思議な関係

幼馴染とバイト帰りに話したあれこれ。

 

彼女とは小学校からの付き合いでかれこれ13年ほどになります。幼馴染っつーといつも一緒で仲がいい、という感じなのかもしれませんが私たちは違うのです。私はもう小中のことはあまり覚えていないのですが、彼女の方はしっかりと覚えていたようで教えていただきました。

 

小1の頃はわりかし仲が良かったようです。おなじクラスでしたし、家も同じ方向だったので何人かと帰っていました。

しかし、学年が上がっていくと私は次第に浮くようになっていきましたし、彼女は普通に他の子たちと(私から見た感想ですが)楽しそうにやっていました。

決定的なのが小6。それまで5年間も同じクラスだったにも拘らず初めてクラスが分かれたのです。私は中学受験のストレスやらいじめやらでひどく荒んでいました。今思えば彼女がいたら少しは違ったかも。分かりませんけどね。

 

中学の頃もあまり覚えていなかったようです。というか、彼女と喧嘩したことなんて思い出せないです。しかしですね、あったようです。

 

彼女曰く、中3の時に喧嘩して教室飛び出したそうです私。まじで笑また中3の時だけクラスが違ったので、授業中ではないと思うのですが、いかんせん覚えてない。私の脳はこれらの記憶をどこにしまったのでしょうか?

全っ然覚えてなかったです。初耳。こういうので幼馴染には全く頭があがりません。だって手ごまが私0だもん。

私はいつもはへらへらしていますがキレるとちょっと周りが引くレベルでヒステリックに喚き散らします。

反対に彼女の方はただただ冷たくなってしまうので喧嘩したら案外激しいものになりそうですね。恐ろしいのでしませんが。

さらに彼女と高校が違い、ほぼ会わなくなってから1年後、私倒れました笑それだけが原因ではないのですがね。しかし、間違いなく一因ではあります。

大学に入ったらバイト先のフロアが同じということでちょいちょい会います。

でもね。これから離れたときを考えても怖くはないです。彼女は何ともないでしょうし多分私は体調を崩すことはもうないと思います。それほどの域に入ってまいりました。

 

そして彼女の疑問。私たちの関係性って何だろう?

 

なんでしょうね。私、前にも書いた通り「友達」やら「親友」やらがすきじゃないです。いや、いい言葉なのは分かるし、便宜上は使ってますけど。関係性をそういうので表わしたくないんです。うまく書けませんが、そういうもんなんです。

 

そこで出した結論が「夫婦」。おもくそ引かれました。怖いって笑

別に愛情とかそういうんじゃなく、それこそ私たちが知り合った13年くらい経った夫婦です。言葉にできないし、したくない。相手は絶対に自分を嫌わないという信頼。嫌なことはしないし、されないという安堵。それじゃないかな。

毎日ラインしてるから友達とか、条件が付いたものではなく、年に数回程度、2,3年まともに会ってなくとも昨日話したかのように話せる、それが仲がいいと言えるのではないのでしょうか。

 

私の感覚だし、よく人と違ってると言われるのでこれも大勢ではないのでしょうが、これで私は生きていますし、困ったことも今のところないので問題はないです。

 

彼女もそうかもね、と言っていました。多分言葉にできない、という点に納得したのでしょうね。

 

結局今度食事に行くことで話は終わりましたとさ。

 

 

好きになったものはずっと好きなままなストーカー気質な私と

熱しやすいが冷めやすくあまり物事が続かない幼馴染。

これからもこんな感じでゆるゆるやっていくのでしょうね。

大切なものが形が変わらず残ると言うのもなかなか乙なものです。

 

 

結婚式考察

以前書いたのですが、私はいとこの中で一番下です。ですのでお兄ちゃんやお姉ちゃんたちの結婚式に何度か出席しています。

 

最初は一番上の従兄ちゃん。6歳の時でしたのでまあいろんなものが大きく見えたので私の記憶の中ではチャペルと披露宴がとても広く幻想的に感じられました。

まあもうほぼ覚えてないんですけどね。

次は21で結婚した従兄ちゃん。まじかよ来年かよまじか…

いやー盛大でしたね。勤め先の大人がたくさん、友達もたくさん、人人人で軽く人酔いしていました。料理もフレンチでまあ食べられない。私じゃなくて従兄(新郎ではない)ですけどね。お腹すいたってパンばっかり食べてました。偏食すぎて肉しか食べられない人なのもどうかと思うけど。

演出も綺麗でお嫁さんはモデルかっつーくらいスタイルのいい人です。ドレス姿超綺麗だった。

私と件の従兄はお腹すかしていたので祖母の家でから揚げ食べました。美味しかったですw

その次は高校の時です。従兄ちゃんはお嫁さんと10年付き合って色々あったあげくの結婚でした。先の従兄の子供の相手をテーブルの人間総出でしていたのでスライドショーはほぼ見ていません。東京に住んでいたことは知りませんでした。あと28くらいの同級生婚でしたので他の同級生の方々が、AKBを踊られていてその、あの、やっぱ20くらいの子がやるもんですね。いや、お綺麗でしたけども。

最後の新郎スピーチで「僕は根暗です」とか言い出して(初っ端)笑わないようにするのが大変でした。

今のところ、最後である従姉はそれはそれは荘厳で美しくお姫様みたいでした。エメラルドグリーンのドレスが似合ってて似あってて…泣きました。親でもないのに。それだけお姉ちゃんが大好きなんです。だからやっぱり同じ苗字ではなくなるのが寂しくて、でも従姉ちゃんも新しく生きていく人ができて、新しい命もいずれ誕生するでしょう。幸せに、誰よりも幸せになってほしいです。

 

小さいころから可愛がられてきた、ということでもなくただただ一人の人間として扱われていました。私の意見や話をきちんと聞いてくれます。そんな環境だったから小学生の頃精神年齢が周りの子より高かったんでしょうね。それが心地よかったんですよ。いい人たちです。

 

私たち兄妹の間では偽装結婚説が持ち上がる従兄ちゃんがいます。いや、いい人なんですよ。めっちゃ。でも顔見て3か月で結婚という。資格もち(看護師)なので従兄ちゃんのとこ(お嫁さんのとこから飛行機の距離)にすぐ仕事辞めていったのです。すごくないですか!?アクティヴですね。

 

最後に、従兄ちゃんの婚約者の名言を。

「私は資格もちだからどこででも仕事できる!」

 

幸せが満ちてていっすね…

おじいちゃんの話

私にはすでに祖父はいません。父方の祖父は父が幼いころ亡くなり、母方の祖父も私が中学に上がる直前で亡くなりました。

ですので彼らのお話をば。

父方の方は仏壇の遺影しか見たことがありません。やや気難しそうなそれでいて精悍な男前の面立ち。母や母方の祖母に聞いた話ですが、実は父は祖父を快く思っておらずずっとお墓参りをしていなかったそうです。それを見かねた母方の祖父母が諌めると、「散々好き勝手して死にやがったんだ、その後どんだけ大変だったかも知らないくせに」と泣きながら言ったそうです。私はなにがあったのか知りませんが、あれだけ屈折した人間になるくらいは辛い思いをしたんだと思います。でも、と祖父が一喝。「小さい末っ子残して死んでいくのに心配しないわけないだろ!墓参りして元気な姿見せんかアホが!!」

じーちゃんぱねえっす笑私にはいつもニコニコして優しかったんですけどねえ。

それから父はお盆と機会があったら彼岸にお墓参りするようになり、霊園に行くたびに「あ!あの看板霊園って書いてある。左って!」「いやあれ次の信号曲がれって書いてある!」「置くなよそんなとこ紛らわしい!」と大騒動するはめになるんですが。

母方の祖父ですが、もとは漁師だか百姓だかをやってる人でした。いや、海仕事があれば行ってなければなんかして畑もやって...という感じ。

私はいとこの中で一番下なので、連れて行ってもらったことが無いのですが(小さかったので危ない)よくいとこと釣りをしていたそうです。準備は家でするので赤虫が平気な子になりました。生物の唾液腺観察の時阿鼻叫喚でしたがなーんもなかったです。私が覚えているのは祖父と兄とでとジャガイモや玉ねぎ、長ネギなどを収穫したことです。蒸かした新じゃがはほくほくで美味しかったし、それらで作ったシチューはコショウとかいらないくらい野菜が甘かったです。

私が小5の時に腰を痛め入院して肝臓も悪いからと入院続行。それでおじいちゃんは緩やかに衰えていきました。見るのも辛くてよく病室から逃げていました。

今思えば、祖父は初めての私の身近で死が近づきつつあって、死というものが具体的にイメージされていたからだと思います。

祖父が亡くなり、葬式が行われたとき、兄と父は泣きじゃくっていました。兄はとてもじいちゃんっ子でしたし、父にとっては初めてできた「おとうさん」だからでしょう。でも私は泣きませんでした。そりゃあ家に帰って祖父が亡くなったと聞いたときは泣きましたとも。斎場では、きっと自分より大きくてきちんとしている兄と父が泣いているのに驚いた気持ちの方が強かったんだと思います。

このとき、就職していたおにいちゃんたちも集まってきたのですが、一番上のお兄ちゃんはいつもゲームしていて無口だと思っていたのですが、孫代表でしっかりとおじいちゃんに最後のあいさつをしていました。思えばあの時のお兄ちゃんと今の私は3つしか違わないんですね。立派だ。

 

最後に温和なじいちゃんが豹変する話。

祖父は本当にニコニコしていた記憶しかないです。怒られたこともないし。

でも、車に乗ると人が変わりました。母曰く「暴走族爺」。私車酔いがひどいので母が乗るなというくらい。一度だけ乗りましたが、いやー、命があってよかったね笑

 

そんなじいちゃんズに。末の孫はもう成人しました。これからあなたたちが繋いだ命をその限りまで精いっぱい生きようと思います。とりあえず今年のお盆お墓参り行けなくてごめんなさい。

ちゃんと行くからね。

 

精いっぱい生きるということを教えてくれた人たちに感謝を。

 

 

大学生という社会不適合者

バイトでパートさんに「大学生はいいね。休みが長くて。」と言われます。母にも言われます。そして両者とも二言目には「でも何年かしたらそんなのなくなるからねえ。」

「お母さんやお父さんに感謝しないとね。私学は高いんだから。」

「今は遊べていいねえ。」

「アルバイト代は実家ならそのままお小遣いになるの?」

 

 

だから?

大学生が休み多いのは大学生自身のせいじゃありません。制度上こうなっているのです。それに、4年で卒業するともさ。

私が実家住なのは母が私の行きたい大学を根底から否定しまくった結果です。挙句の果てにはもっとランク下の同じ県の学校にすればよかったのにと受験が終わってのたまいやがりましたからね。私悪くないっす。

でも一人暮らしですっつったらそれはそれでまた何やかや言われるんでしょうね。私は両親に感謝なんかしてません。少なくとも進学に関しては。

お小遣いにしようが貯めようがあんたには関係ないだろ?と言いたい。貯金したら貯金したで使わないの?友達とかと遊ばないの?とこう来るわけです。

 

今は遊べていいねえ?今本気でおもくそ遊んでる奴は、某教授風にいうと、卒業リーグ予選敗退します。

 

結論ですが、羨ましいからアラ探すんでしょうね。

ま。あと2年半後には私もこう言ってるのかもしれませんけどね。

言葉で定義したくないもの

 

友達。

素敵な言葉だと思います。優しい言葉だとも思います。でも何かしっくり来ないんです。

小学生の頃、仲のいいグループがありました。傍から見ててもいつも一緒にいるなあ仲いいんだなと思ってました。でも何があったのか、一か月後にはあの子とは話したくないし顔も見たくないと一人だけはぶられていたのです。卒アルの文集にも「真友」だの「心友」だの書いていたのにです。

それを冷ややかに見ていた私は、もうこの言葉が恐ろしいものに見えてきてしまって自分では使わないようにしています。便宜上、母に誰と旅行に行くのか聞かれたときに「友達と行ってくる」とは言いますが。

 

私には幼馴染がいます。小1からつるんでる近所の子です。もう単語で話しても意思疎通ができるくらいのレベルです。でも彼女のことを親友だとかは思えません。

 

思うに、フォルダわけが本当に雑なんだと思います。普通の人はなんかこう、大事なものフォルダに友人、家族、恋人…みたいに振り分けてるんです。私は、大事なものフォルダだけでその中を細分化してないんだと思います。

 

もう死んでしまいましたが犬を飼ってました。とても可愛がっていたし、彼女が死んだときは一日中泣きました。母がこの子は家族だと言って花を供えているの手伝ったりもしています。でも、私は犬のことを家族、と表現することに違和感を覚えるのです。何言ってるかわからなくなってきましたね…なんでしょうか。

まあ、つまりは大事なら大事でそれ以上○○だからと分類出来ないってことです。

 

大事なもの、慈しんでますか?